りさーちゃーのひよこ
技術のこととか
2015年4月2日木曜日
夢追い: 6.社会人期① -回顧-
##夢追い
0.はじめに -迷走-
1.幼少~思春期 -夢想-
2.大学生期 -怠惰-
3.留学生期 -復帰-
4.大学院生期① -慢心-
5.大学院生期② -転換-
6.社会人期① -回顧-
← イマココ
7.社会人期② -進学-
8.まとめ -自己実現とは-
のんびりしていたらこんな時期になってしまった。ちょっと急ぐ。 #配属 さくら舞う中、入社式。いよいよ社会人になるということでワクワクしていた。いつ配属が通達されるかという事前情報も一切なかったので気にしてはいたが、確か入社3日目ほどで通達があったと覚えている。
面談ではこう言った。「先端的なロボット研究開発を行うことが私の夢。それを実現するフィールドとして御社がぴったりであった」と。しかし配属は、ロボットとは一切関係のない事業部であった。かけ離れているというレベルで関連が無かった。
#苦悩 目の前が真っ白になった。ハンマーで頭をぶん殴られたような瞬発的な衝撃から、私の社会人生活が始まった。その他もろもろ思うところも多くあり、どうしても心の折り合いをつけることが出来なかった。なぜ、こうなったと…。全く理不尽な罰ゲームを受けているような気分であった。電車で30分もすればある他の事業所では、正に私が志すロボットの先端的な研究をしている同期もいるのだ。あまりにショックで、「ロボット」という単語を聞くだけで動悸が乱れる有りさまである。
せめて、やりたいことが出来ないなら高度な技術力を習得するなど、先端技術者としての素養を鍛え上げたかった。しかし、私は開発員とは言えど、業務内容的に、そことは異なる領域であった。そうこう時間が立つうちに、これまで培ったロボット工学の知識が見る見る衰えていく。まずい。
#人事 日々の生活が辛かった。どうしても自分がその事業部に配属されたのか、全くもって理解することが出来ず、2年が過ぎた。人事異動というものを本格的に目の当たりにしたのはその時だった。 本人が全く望んでいない部署へ異動となるケース、組織再編のため異動となるケース。これはある程度の規模の会社であれば共通することで、人材の配置はまずは組織の判断が最優先の懸案事項となる。当然だ、組織が存続するために、遊びで人材配置を決めるはずがない。その上で、個人の希望やスキルがもし合いそうなら検討する、というレベルの話しである。その我慢の対価として、会社から守られている部分がたくさんあるのだ。
そんな環境の中、私ごときの若造が自己実現をしようなどとは、そもそもおこがましい話なのである。逆に言えば、組織に対して過度な期待をしてはいけないのだと、強烈に実感した。
同時に何故自分が今の事業部に配属されているのかも少しは見えるようになってきた。先端的な研究をしている場所とは違い、極めてお客様と近い。自社の他の事業部と比較しても、圧倒的にお客様との距離が近いのだ。したがって、顧客思考を強制的に埋め込まれるわけである。また、当事業部はエンジニアリング主体の事業であり、その特性上プロジェクトマネジメント能力、応用力、事業提案力を要するので、仕事人として必要なヒューマンスキルと極めて効率的に刷り込むことが出来るというわけである。
頭では分かる。分かっている。確かに、自分は過度に研究思考が強く、お客様が使う上でどうするかについて考えが浅かった。そこを見ぬいた人事の采配は正しいというのは、極めて合理的で、論理的には理解できる。事実、私は仕事をする中で眼から鱗のお客様事情をひしひしと実感する機会に恵まれている。
だが、しかし、それでも、どうしてもロボットがやりたかったのだ…。
#発起 指を加えていたって現状を打開出来るはずもない。やれることはやろうと一念発起する。まずは、同期を介して自分のやりたいロボットビジョンの研究チームの人に自分のことを知ってもらうべく、アポを取って研究紹介をした。反応は良いのだが、これで異動が実現するとは思わない。まずは知ってもらうだけでもいいのだ。その時に、ロボットのシミュレータを自作して実装力があることもアピールした。
その過程で気がついた。楽しすぎるのだ。ロボットのシミュレータを作るとき、プライベートな時間を割いてはいたが、それが時間を忘れるほど楽しくて楽しくて仕方がないのだ。今の業務でも色々やりたいことをやらせてもらっている方だとは思うが、これほどのワクワク感を覚えることは、大変恐縮ながら修士で研究して以降、皆無であった。あの頃の感覚が呼び起こされる。
もう、人事異動どうこうではない。ただ、ロボットがやりたい。仕事じゃなくてもいい。具体的なテーマが欲しい。可能性はないか…。そう、行き着いたのは、博士課程だ。そもそも、私はロボット博士になることが夢だった。修士の時はドロップアウトしたが、今はもう社会人である。自分で生計を立てているし、曲がりなりにも業務を計画的に遂行する力は学生の頃よりは身についている。また、今の時代なら社会人向けの博士課程プログラムも充実している大学院が多い。
ただ、簡単な道ではない。そんなことを始めたら、修羅の道に突き進むことは明々白々である。業務と研究の分野が全く異なる場合、通常の業務をしながら、プライベートな時間は全て研究に費やすことになる。睡眠もろくに取れなくなるだろう。安くはない学費だってかかる。家族もいる。今までみたいに旅行や食事に行ってあげられなくなる。そんな生活になっても本当にいいのか?数日悩んだ上で、まずはいい大学があるか情報を集めることにした。
もう夢中になって大学院を調べた。やはり社会人博士課程プログラムはあるものだ。だが、博士となると大学の偏差値や制度だけでは語れない。指導教員が肝となる。自分がどうしてもやりたいと思うテーマはもちろんだが、師匠と弟子の関係を築くようなものだ。教員と馬が合わなければ、課程の時間は捨てるようもの。ちょうど調べた時に気になった先生が展示会に出ているという情報を得る。行くしか無かった。業務とは一切の関わりはないので、さらっと有給を取らせてもらった。その辺は今の職場のいいところである。
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